「親なき後」は、親が元気なうちにしか準備できません|後見人の立場から見た松戸市の支援と課題
2026年10月14日
「私たちが死んだら、この子はどうなるんだろう」
障がいのあるお子さんを育てている親御さんから、この言葉を何度も聞いてきました。いわゆる「親なき後」の問題です。
この記事では、成年後見人として活動している私の立場から、親なき後の備えの現実を書きます。
松戸市の支援と課題、そして「任意後見」という制度で何ができて、何ができないのかを整理しました。

照井りょうと成年後見
私は行政書士として、外国人の在留手続きや事業者の許認可を中心に仕事をしています。
そのかたわら、公益社団法人ヒルフェに所属し、東京家庭裁判所立川支部の成年後見人等の候補者名簿に登載されています。
成年後見人は、判断能力が十分でない方に代わって、預金の管理や施設との契約などを行う役割です。
家庭裁判所から選ばれ、仕事の内容を裁判所に報告します。
後見の仕事では、その方の通帳を預かり、暮らしの場を訪ね、施設や病院の職員と話をします。
そこで何度も感じてきたのは、「もっと早く準備できていれば、選べることがたくさんあったのに」ということです。
家族が後見人になるのは、6件に1件です
成年後見人に誰が選ばれているのかを見てみます。2025年に全国の家庭裁判所が選んだ成年後見人等のうち、親族は16.4%でした。
残りの8割以上は、司法書士、弁護士、社会福祉士、行政書士などの専門職や法人です。

親が子の後見人になることはできます。ただ、親は必ず子より先に年をとります。
親が後見人を続けられるのは、親が元気なうちだけです。
松戸市が障がいのある方に行ったアンケートでも、主な介助者の年齢は70歳代が24.6%、60歳代が20.9%でした。
介助を担う人のおよそ半分が60歳以上です。親なき後は、遠い先の話ではありません。
自分で選べる制度が、ほとんど使われていません
成年後見制度には、大きく分けて2つの仕組みがあります。
一つは「法定後見」です。
判断能力が衰えたあとで家族などが家庭裁判所に申し立て、裁判所が後見人を選びます。誰が選ばれるかを本人や家族が決めることはできません。
もう一つが「任意後見」です。
判断能力があるうちに「将来、この人に支援してほしい」と自分で決め、公正証書で契約しておく仕組みです。
私たちは転ばぬさきの任意後見、と呼んでいます。
2025年末の時点で、成年後見制度を使っている人は全国で約26万人います。そのうち任意後見は2,833人で、全体の約1%にすぎません。

自分で支援者を選べる制度が、ほとんど知られず、使われていないのが現状です。
任意後見は「親なき後」の切り札になるのか
ここからが、この記事で一番伝えたいことです。
任意後見は、親なき後の備えに大きな力を発揮します。
ただし、使い方を間違えると効果がありません。行政書士として、使える場面と使えない場面をはっきりさせておきます。
使い方1 親自身が任意後見契約を結ぶ
意外と見落とされているのが、この使い方です。
親なき後は、親が亡くなった日から始まるとは限りません。親が認知症になったり、脳梗塞で倒れたりした日から始まることもあります。親の預金が動かせなくなれば、子の暮らしを支えるお金も止まります。
親が元気なうちに、自分自身の任意後見契約を結んでおく。自分が判断できなくなったら、信頼できる人に財産を管理してもらい、子のための支出を続けてもらう。これは親の判断ひとつで、今日からでも準備できます。
使い方2 子ども本人が任意後見契約を結ぶ
障がいがあっても、契約の内容を理解できる方は少なくありません。軽度の知的障がいや、発達障がい、精神障がいのある方などです。
そうした方は、自分自身で任意後見契約を結べます。「お母さんがいなくなったら、この人に手伝ってほしい」と本人が選ぶことができるのです。
本人の意思が尊重される点で、最も望ましい形だと私は考えています。
使えない場面 判断能力が十分でない子の代わりに、親が契約すること
一方で、注意しなければならない点があります。
判断能力が十分でない未成年の子について、親が子を代理して「自分を後見人とする」任意後見契約を結ぶ方法が、親なき後の対策として紹介されてきました。
しかし法務省の見解では、この契約は無権代理となり、そのままでは効力がありません。結ぶには、家庭裁判所で特別代理人を選んでもらうなどの手続きが必要です。
また、成人した子が契約の内容を理解できない場合は、任意後見契約そのものを結べません。この場合は法定後見を使うことになります。
「任意後見さえ結べば安心」という情報も見かけますが、子の判断能力によって取れる手段は変わります。ここは専門家に相談してほしい部分です。
法律が変わり、「親から次の人へ」のバトンが渡せるようになります
2026年6月、成年後見制度を大きく見直す改正民法が成立しました。遅くとも2028年12月ごろまでに施行されます。
親なき後の問題にとって、特に大きい変更が2つあります。
一つ目は、任意後見契約に「順番」を決められるようになることです。
たとえば、最初は親が後見人を務め、親が亡くなったり務められなくなったりしたら、次は専門職や法人が引き継ぐ。そうした順番を、あらかじめ契約で決めておけるようになります。
これまでは、親が後見人を務められなくなった時点で、改めて家庭裁判所に申し立て、新しい後見人を選び直す必要がありました。
改正後は、親が元気なうちに「次の担い手」まで決めておけます。親から次の人へのバトンを、親自身が用意できるのです。
二つ目は、法定後見の見直しです。
後見・保佐・補助という3つの類型が「補助」に一本化され、必要な支援だけを選んで使えるようになります。
これまでの法定後見は、一度始まると本人が亡くなるまで続くのが原則でしたが、必要がなくなれば終われる仕組みになります。
松戸市の支援は、いまどうなっているか
松戸市は、成年後見制度の利用を進める「中核機関」を、市と地域のNPO法人が役割を分けて担う形で運営しています。
市民向けの相談窓口として「松戸市成年後見相談室」もあります。
障がい分野の実績を見ると、2024年度は、身寄りがないなどの理由で市長が家庭裁判所に申し立てた件数が6件でした。
後見人への報酬を市が助成した件数は74件で、そのうち42件は施設に入っている方です。

市の協議会では、障がいのある方の相談窓口に「親亡き後」の相談が多く寄せられていると報告されています。課題としては、次のような点が挙がっています。
・相談窓口が市民に十分知られていない
・市長申立てが必要な難しいケースで、後見人の引き受け手が不足している
・報酬助成のルールが自治体ごとに違い、グループホームを施設として扱うかどうかなどで差がある
制度はあっても、困っている親御さんにまで届いていない。それが松戸の現状だと私は受け止めています。
では、松戸市は何をすべきか
松戸市にも、成年後見の相談室や、市内を回る講演会・個別相談会があります。大切なのは、こうした今ある仕組みを「親なき後」に悩む親御さんに届く形へ広げていくことだと考えています。
提案1 「親なき後」をテーマにした相談の場をつくる
いまの相談室や巡回相談会は、成年後見制度全般を扱うものです。しかし親なき後の備えには、後見だけでなく、遺言、信託、障害者扶養共済、福祉サービスの利用までが関わります。
障がいのある子の親御さんを対象に、専門職と福祉の担当者が一緒に相談を受け、一度で全体像がわかる回を設けます。
提案2 ライフサポートファイルを「親なき後」まで使えるものに
松戸市には、子どもの成育歴や特性を書き残し、学校や支援者に引き継ぐ「ライフサポートファイル」があります。このファイルに、親なき後に後見人や支援者へ引き継ぐ項目を加えます。
お金の管理、暮らしの希望、誰に何を託すか。親の頭の中にしかない情報を、子が大人になったあとも途切れずに引き継げるようにします。
提案3 法改正を、障がいのある子の親御さんに届ける
親から次の担い手へ後見をつなげる改正は、親なき後の備えを大きく変えます。施行までの間に、市の講演会でこの改正を取り上げ、障がいのある子の親御さんに向けた説明の場をつくります。
提案4 市民後見の担い手を増やし、報酬助成の基準をはっきりさせる
松戸市では、法人後見の団体のもとで市民後見協力員が活動しています。この取り組みをさらに広げ、担い手を増やします。
グループホームで暮らす方が報酬助成を受けやすいよう、基準もはっきりさせます。
障がいのある方の後見は、数十年にわたって続くことがあります。担い手が途切れない体制が欠かせません。
親なき後の準備は、親にしかできません。親なき後の備えで一番大切なのは、時間だと考えています。
任意後見を結べるのは、判断能力があるうちだけです。親自身の備えも、子の備えも、元気なうちにしか始められません。
「まだ早い」と思っているうちが、ちょうどいい時期です。
子どもや高齢者、障がいのある方の暮らしと権利を守ること。それは、私が成年後見の現場で積み重ねてきた仕事であり、市政で実現したいことでもあります。