駅頭のご報告と「平和憲法を守るための緊急アクション」なるデモ活動への問題提起
2026年4月7日
皆様、こんにちは!
闘う行政書士の照井 遼(てるい りょう)です。
本日は松戸駅西口で朝のご挨拶をさせていただきました。
非常に風が強く、幟が吹き飛ばされるかと思いました。
また、お声がけや激励を頂き、大きな励みになっております。
私が行政書士としてお手伝いできることがありましたら力になりますので、必要でしたら遠慮なくお声がけください!
最近、「平和憲法を守るための緊急アクション」なるデモ活動が行われているようです。(下記の記事参照)
光が、街を照らしている──「戦争反対」の声が集い、示される意思とは
「戦争反対」「平和を守りたい」という感情そのものは、決して否定するものではありません。
右であろうと左であろうと、戦争で庶民が得をすることなど何一つなく、誰も戦争など望んでいないからです。
しかし、政治や法律という「厳しい現実」を思うと、強い違和感を覚えずにはいられません。
感情的な理想論だけで、本当にこの国と市民の命を守り抜くことができるのでしょうか?
私たちが直視しなければならない「厳しい現実」について、本日は以下の3つの視点から問題提起をしたいと思います。
1. 矛先が違うのではないか?〜軍拡を続ける周辺国への非難の欠如〜
「戦争反対」を叫ぶのであれば、なぜ軍拡を続け、ミサイル発射などの挑発行為を繰り返す北朝鮮や中国に対して、真っ先に非難の声を上げないのでしょうか?
現在、東アジアの安全保障環境を不安定にしている根本的な原因は、日本政府ではなく、力による現状変更を試みる周辺国の存在です。
この明らかな「外部の脅威」から目を背け、国内の政府に向かって「憲法を守れ」と叫ぶだけでは、問題の本質を見誤っています。
真に平和を願うのであれば、平和を脅かす直接的な要因に対してこそ、厳しく抗議するべきです。
2. 現実逃避の法解釈〜自衛隊の憲法上の位置付け〜
この手のアクションでは「改憲反対」がセットで語られますが、いざ他国から武力攻撃を受けた際、あるいは大災害が起きた際、身を呈して市民の命を守ってくれるのは誰でしょうか?
他でもない自衛隊です。
有事の際に彼らに国を守るという最も過酷な任務を負わせながら、国家の最高法規である憲法にはその存在すら明記せず、曖昧なままにしておく。
これは法治国家として、そして国民としてあまりにも無責任ではないでしょうか。
自衛隊を憲法で明確に位置付け、有事の際にいかなる民主的統制の下で武力を発動できるのかを正面から書き込むことこそが、暴走を防ぎ、真のシビリアンコントロール(文民統制)を機能させるための「法の支配」です。
3. 「抑止力」こそが戦争を防ぐ最大のブレーキである
「軍備を持てば戦争に巻き込まれる」という主張をよく耳にしますが、国際政治の冷酷な現実はその逆です。
「自衛隊の強力な戦力(抑止力)があるからこそ、他国は容易に手を出せず、結果的に戦争の歯止めになっている」というのが事実です。
「平和」という言葉を唱えれば平和が維持されるわけではありません。歴史上、力の空白が生まれれば、そこには必ず力を持った他国が介入してきました。
自国の防衛力を高め、同盟国との連携を強固にすること(=相手に「攻撃すれば割に合わない」と思わせること)こそが、現代において戦争を防ぐ最も現実的で確実な手段なのです。
街頭に集い、光を掲げて平和を祈る姿は美しいかもしれません。しかし、光を照らすべきなのは夜の街頭ではなく、「日本の安全保障を取り巻く冷酷な現実」に対してです。
耳障りの良い理想論だけで国家の存立や市民の命は守れません。
皆様は、この「平和憲法を守るためのアクション」についてどう思われますか?
ぜひ、皆様の率直なご意見もお聞かせください。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。